死生観とは

看護師らしく、看護師日記たるものも書いていこうかなって思います。

看護師っていうと、何を思い浮かべますか?ぶっちゃけ、何やっているのか分からない人って結構多いと思います。

そして、実際、看護師さんも自分の仕事がなんなのか分からない人も多いです。働いているにも関わらず。

その仕事は多岐にわたるため、治療的側面から介護的側面まで幅広いのです。

私は一種のサービス業にも該当しているように思っています。

看護師ではよく「看護観」って言葉が使われますが、これはなんだか分かりません。

つまり、

というのも、

一言で言うなら、

こういった看護師という仕事をまとめる言葉がありません。

抽象的な意味では、診療上の世話とか、なんやら言いますが、「じゃぁ、一言で言うと?」となると答えられる人はほとんどいないかと思います。

医師会によって作り上げられた、都合の良い存在とも言い換えられるかもしれません。

最近、私が思うのは良い看護師とはです。

もちろん、態度が良いとか人が良いと言うのはどんな仕事でも関わってくると思います。

では、

治療がスムーズな医師は良い医師ですよね。

手術がうまい医師も良い医師ですよね。

薬剤師は、薬の管理。

臨床工学士は、機械の管理。

介護士は介護。

看護師は?

なんとなく、私の思う看護師とは「思いやりがある、寄り添い力のある、共感力のある」看護師が良い看護師のように思います。

技術があるのは良いことですが、プロフェッショナルにおいて技術があるのは当たり前。

そして、知識があるのも当たり前。

だけど、知識があっても、医師ではないため治療はできません。

患者にとって良い看護師とは、寄り添い力がある看護師が良い看護師なんじゃないでしょうか。

今の心境を、看護観を考えてみました。

日々業務に翻弄され、昼夜問わず命の管理をしている割に薄給で。

何が幸せなのかよく思います。

管理者の立場として、患者にとって、病院にとってと思うと、社員個人の能力アップはさして重要ではありません。

課題の一つかもしれませんが、色んな持ち味のスタッフがいてそれで良いようにも思います。

看護師として、マネジメントするためには看護師の仕事の誇り。

看護師とは「・・・・」一言で説明できるだけの、アツい気持ちも必要なように思います。

在宅看護が最近流行っていますけど、本当に在宅へ帰ることが幸せなのでしょうか。

理想的に自分の最後を自宅でとは言いますが、本当に?

本人と、家族は不安はありませんかね。

本人、家族ともに死を受け入れ、需要し、知識を持ってようやく在宅での看取りが可能になってくると思います。

そんな人の死に、仕事という名目でズカズカと死についてどう考えているか、受け入れているのか、そんなことは聞けるようにも思いません。

それでも、在宅が本当にいいんでしょうか。

私は在宅看護は医療者のエゴ、医療者の知識の元成り立っているビジネスの形であるようにしか思えません。

最後まで読んでいただきありがとうごさいます。

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